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arri1【映画】、、、

1800年代後期に生まれ、その有史以来、様々な観客を感動させ、笑わせ、そして物議を醸し出してきた。かくいう筆者も新参者ではあるが、かつての彼女と一本の映画を巡って激しい議論の末、無数のパンチが降り注いできた事がある程の映画ファンである。(?)

作り手の情熱とアイデアが詰まった2時間弱、それが至高のエンターテイメントとなり、人々に煌びやかな「sence of wonder」を与えてくれるのは言うまでもないが、観終わった後も余韻に浸りつつ、仲間とその映画について話し、感動を分ち合えるのも映画的体験の大きな魅力の一つである事も無視出来ないであろう。

そこで今回は観るだけでなく、観終わった後に酒を片手に【誰かと話したくなる映画】を5つ紹介しよう。映画弱者の君はこの機会に観て、そして映画マニアのあなたはもう一回観直して、無数のパンチが飛び交わない程度に活発な談義をしようではないか。

STAR WARSシリーズ

star 日本公開:1978〜
監督:ジョージ・ルーカス 他
主演:ハリソン・フォード 他

いきなり大ネタで申し訳ないが来年公開予定の「エピソード7」に合わせて。

1977年に一作目公開以来、全世界の映画ファンが今日まで熱狂してきた
説明不要、映画史に残るスペースオペラ超大作。

その魅力はここでは割愛するが(歴史、文化として奥深すぎて語れない!)
このシリーズほど、様々なスピンオフ、改編、時系列的な混乱がある作品は例に無いのではないか。とにかく一つ一つの作品でも様々なヴァージョンがあり、果てにはルーカス本人が何度も手を加え「無い事になってしまっている」ヴァージョンも沢山あるのだ。

だが、それと同時に映画だけでは無く小説、アニメ、ゲーム、フィギュアまで常に新しいなにかで40年近くファンの傍に居続けてくれる存在でもある。筆者含め、第一作目から肌で感じてる人は少ないとは思うが、この機会に出来るだけこの文化を追いかけ「スターウォーズファンの諸先輩方」にその奥ゆかしさを教えてもらい、「スターウォーズリテラシー」を頭に叩き込んで次回作の公開に備えたいものだ。

カッコーの巣の上で

カッコーの巣の上で日本公開:1976年
監督:ミロス・フォアマン
脚本:ローレンス・ホーベン ボー・ゴールドマン
主演:ジャック・ニコルソン

ジャック・ニコルソン主演作品でその年のアカデミー賞5部門をかっさらったこれまた映画史に残る傑作。刑務所送りを回避する為に詐病により精神病院に紛れ込んだジャック演じるマクマーフィーが同じ患者と共に管理主義から自由を勝ち取る物語である。

議論の対象になるのはなんと言ってもクライマックス前の「ある人物の言動」であろう。誰もが心情として真ん中に据えておきたい「正義」というものの形は人それぞれだが、最終的に感情移入せざるを得ないのが「あの人物」というのは何とも皮肉な話である。
ジャック・ニコルソンの演技が大きくクローズアップされているが、若きダニー・デヴィートも出演している。

12人の怒れる男

d141337d日本公開:1959年
監督:シドニー・ルメット
脚本:レジナルド・ローズ
主演:ヘンリー・フォンダ

硬派な作品を多数生み出しているシドニー・ルメットの59年作品。父親殺しの罪に問われた少年の裁判の12人の陪審員を描く。「犯人はこいつ以外考えられないだろう」とほぼ全員が有罪を確信していたが、その中の一人の陪審員の「ある提案」で事態は思いがけない方向に進んで行く…。
制作費約35万ドルという超低予算、撮影日数はわずか2週間ほどのかなりタイトな製作状況だがそれもそのはず、物語の舞台はたった一つの部屋の(あとトイレ)で最後まで繰り広げられるのだ。

いわゆる「密室劇」の金字塔と呼ばれる所以であるが、脚本のレジナルド・ローズの「物語は脚本が面白ければ場所など関係ない」という持論をまさにやってのけた秀作である。

日本でもこれをオマージュした作品として三谷幸喜が「12人の優しい日本人」を、筒井康隆が「12人の浮かれる男」を発表している。

おとなのけんか

2ae71c453b6428a82dd3d0ec06cad4b8 日本公開:2012年
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ヤスミナ・レザ ロマン・ポランスキー
主演:ジョディ・フォスター

「密室劇」でもう一つ。11年作品とまぁ最近の作品だが、巨匠ロマン・ポランスキーが「パリ」で撮影した「ブルックリン」が舞台の作品である。(何故かは後述。)
こちらも「あるマンションの一室」のみで繰り広げられるのだが、4人の大人の「大人の話し合い」から時間が経つにつれて子供も顔負けの「おとなのけんか」に発展していくのである。

いい歳した大人が小さい事で取り乱す様はいささか滑稽で楽しいのだが、この作品の特筆すべき点は劇中のタイミング一つで感情移入するキャラクターが変位する事である。正論を振りかざすけどめんどくさい女、事なかれ主義の「大人」を演じる男、神経質でヒステリックな女、リアリストで鼻持ちならない男…と、一見「どいつもこいつも」な4人だが、実は誰しもが心の中に持っている「多面的な一面」の一つであり、あらゆる面で使い分けている「自分の顔」がその一室に一同に介しているのだ。
上映時間は劇中の時間軸とシンクロした80分と非常にタイトだが、「事の発端」の痛快なオチまで、最後までダレる事無く観れる作品だ。
ちなみに監督のロマン・ポランスキーだが、映画監督史上、いやどこの世界をみてもこれほど壮絶な生い立ちがある人物もいないのではないかと思う程で、前述したパリでの撮影も実はアメリカに入国する事が出来なかったから。「事実は小説よりも奇なり」を体現するような男だ。

興味ある読者は調べてみよう。絶句するはずだ。

松本人志 監督作品 全4作

51P4TaUWtPL作品群:
大日本人 公開2007年
しんぼる 公開2009年
さや侍  公開2011年
R100 公開2013年

「ここへ来て!!??」と思われる読者もいるとは思うが、今回のテーマ「誰かと話したくなる映画」に於いては筆者個人的には一番の大ネタである。
2007年公開の第一作目「大日本人」から最新作「R100」まで、これほど日本国民を「期待」から「失望」、「憤慨」から「困惑」に揺さぶってきた日本人映画監督は松本人志だけだ。
作品に関してあまりポジティヴな評価を受ける事は少ないが、筆者が思う松本人志映画の最大の魅力は今回のテーマと大きく呼応するものである。

日本的な「笑い」のリテラシーを国民に提示し、詰め込み、統一し、「ダウンタウン以前/以後」を作り上げたその功績は驚嘆に値するが、今回の一連の映画を判断するにあたって松本人志自身の過去の功績が少なくとも映画内の「笑い」の部分の何よりの比較対象、及び判断基準になってしまった事は紛れも無い事実である。
観に来る観客は「映画として」と同時に「松本人志作品として」捉え、観終わった後、「映画として」と同時に「松本人志作品として」誰かの首根っこを掴んで自分の意見を話さざるを得ない。その「話さざるを得ない」という事こそ松本人志作品の最大の魅力であり引力であるのだ。

筆者も観終えた後はいずれの作品も苦虫を噛み潰した様な表情になるが、次回作が発表された時は迷わず足を運ぼうとまだ懲りずに思っているのである。(ちなみにR100は劇場で観る事が出来なかった。)


如何だっただろうか。些か偏った5選ではあったがまだまだ書き足りない!!!

好評であれば第2弾、、、と思うが、そのときまでスターウォーズの文献を読み漁るとしよう。